2012年5月17日木曜日

生理食塩水を用いた鼻腔洗浄 - Entry Japan KK


補助療法としての役割に関する検討

Blake Papsin(医学博士)、FRCSC Alison McTavish(医療奉仕団)

(この日本語訳は、研究論文の部分訳であることをお断りしておきます。)

要約

目的:本研究の目的は「生理食塩水を用いた鼻腔洗浄が鼻腔症状に対しどのような有効性を示すか」ということに関する証拠を臨床的観点から検討すること、及び潜在的有益性について探索することであった。

証拠データの質:鼻腔洗浄に関する臨床試験、文献レビュー、治療ガイドラインの各データのうち、1980年1月~2001年12月に公表された分をMEDLINE検索システムから収集した。但し、臨床試験の大半は小規模で、中には比較対照試験ではないものも含まれていたことから、当該試験から得られた証拠の信頼度は「レベルII」あるいは「ほぼ妥当」にとどまっている。

要旨:生理食塩水で鼻腔内を洗い流すと、鼻腔に水分が補われるとともに鼻腔表面に付着した異物が除去され、これによって粘膜線毛の清浄化が促される。これまでに重大な有害作用は報告されておらず、成人、小児のどちらでも安全に行える方法である。鼻腔洗浄を実践すれば、他の治療法に頼る必要がほとんどなくなり、また受診回数も少なくて済むようになる。現在、カナダと米国の治療ガイドラインでは、副鼻腔炎のあらゆる原因を除去する場合、または術後に鼻腔の清浄化を要する場合には生理食塩水を用いた鼻腔洗浄を行うよう勧告されている。

結論:生理食塩水を用いた鼻腔洗浄には、副鼻腔や鼻腔の諸症状を緩和させるだけでなく、抗生物質に対する抵抗性を最小限に抑える効果もある。簡便かつローコストで行えるうえ、医療資源の削減にとっても有用な方法である。

背景

健常者の気道には線毛層があり、空気中の感染物質や異物の小片が気道内に侵入するのを防ぐ役割を果たしている(1、2)。この線毛層は、鼻腔にも存在してその表面を覆っている。この層は、粘膜上皮を覆う円柱状の線毛上皮細胞と杯細胞から成る。鼻腔に侵入した細かな異物は、粘稠性の高い粘膜層で捕捉され、次いで粘膜層全体の線毛作用によって鼻腔から鼻咽頭部に向かって運ばれる。この異物運搬作用が支障をきたすと、主にウイルス、細菌、刺激物質、アレルゲンに対する反応として副鼻腔炎が生じる(3)。


自然療法の敵の便秘

鼻腔洗浄は、副鼻腔や鼻腔の諸症状に対する簡便かつ低コストな治療法として多年にわたり実践されてきており(4)、現在でも耳鼻咽喉科医が日常的な診療で勧めている処置方法である(5)。鼻腔洗浄は、鼻腔内を生理食塩水で洗い流す処置である。これを行うと、鼻腔に水分が補われるとともに鼻腔表面に付着した異物が除去され、結果として粘膜線毛の清浄化が促される(6)。また、生理食塩水で鼻腔内に波動を与えながら洗浄することで細菌が除去されることについても実証されている(3、7)。これまで、鼻腔洗浄は主として多数かつ長期間の症例調査で得られた証拠に基づいて推奨されてきた(8)。カナダと米国の治療ガイドラインでは、鼻腔洗浄の適用を勧めている(3、9)。多施設共同臨床試験では、この方法が副鼻腔炎やアレルギー性� �炎をはじめとする各種疾患の治療法または術後ケアとして有用であることが実証され始めている。

副鼻腔炎

副鼻腔炎は、副鼻腔に生じる炎症性疾患であり、様々な病的状態を引き起こす根本的な原因となる。また、初期治療担当医の受診例が挙げる主訴のうち最も多いもののひとつである(9)。米国では、副鼻腔炎を主訴とした受診例は毎年1,600万人に上り、これに伴う直接医療費はおよそ24億ドルになるものと推定されている(18)。

急性型、慢性型を問わず、副鼻腔炎の徴候や症状についてはよく知られている(3)。急性期症例の場合、発熱のほか、鼻橋から眼にかけての顔面痛を伴うのが普通である。一方、慢性期症例では通常、急性感染症をきたした場合を除けば発熱を呈することはない。急性型、慢性型の双方で共通する症状としては、鼻閉、鼻充血、後鼻漏、嗅覚鈍麻、味覚鈍麻、黄緑色の鼻漏、悪心等がある。副鼻腔の粘膜分泌物の量や粘稠度が亢進すると鼻腔が汚染されやすい状態になり、粘膜分泌物が蓄積して細菌の二次感染につながることもある。

副鼻腔炎の症状は、抗生物質、充血除去薬、コルチコステロイド、粘液溶解薬を用いてコントロールする(19)。通常、諸症状の緩和または根本的原因の除去(あるいはその双方)を目的とした治療が行われる。充血除去薬やコルチコステロイドの使用に先立ち鼻腔洗浄液で前処置を行えば、これらの薬剤の浸透性が向上して効果が高まるものと考えられる。副鼻腔の細菌感染症が重症化する場合があるので、こうした症例向けに抗生物質がよく処方される。生理食塩水を用いた鼻腔洗浄は、線毛の機能を高めるとともに浮腫を消退させるのに有効であり、鼻孔からの鼻汁の排出をスムーズにする(18)。このため、この方法は副鼻腔炎の補助療法として推奨されている。また、生理食塩水で鼻腔内に波動を与えながら洗浄することで細菌が除� �されることについても実証されている7。


下腹部痛、出血

副鼻腔炎例の鼻腔洗浄に対する忍容性はきわめて良好である。あるオープン形式の多施設共同試験では、副鼻腔炎の209例に対し1日2~6回、20日間にわたりこの方法を実施しているが、報告された有害作用はわずか2件(いずれも疼痛)であった(12)。これ以外の試験でも、この方法に伴う有害作用の報告例はきわめて少なかった(8、16)。

開業医が診療所で1年間に発行する抗生物質用処方箋の75%以上は、呼吸器感染症治療に向けたものである(20)。副鼻腔炎は、抗生物質用処方箋の発行を要する診断内容の第5位を占めている(9)。米国疾病管理センターによれば、1年間で1億1千万クールの治療に向けた抗生物質が開業医によって処方されているという(21)。一般に、抗生物質による急性副鼻腔炎治療の1クールは10日間である(9)。オープン形式でのプロスペクティブな試験では、急性細菌性副鼻腔炎の成人確診例44例に対して5日間の抗生物質治療と1日1回12日間の鼻腔洗浄が併用された(22)。その結果、症例の諸症状は5日後の時点で軽快し、12日後までの回復率は93%を示した。本試験を行った研究者は、「鼻洗浄を頻回に行うことによって抗生物質の投与期間が短縮し、その結果と して患者の服用遵守の向上、薬剤や他の治療にかかる費用の削減につなげられる」と結論づけている。

副鼻腔炎は小児で頻発する疾患である。特にアレルギー体質を有し、鼻汁の排出が困難で感染症をきたす可能性が高い小児で罹患率が高い。慢性副鼻腔炎を有する3~16歳の小児30人(平均年齢9.5才)を対象とした無作為化二重盲検比較対照試験では、高張食塩水を用いた鼻腔洗浄と等張食塩水(生理食塩水)を用いた鼻腔洗浄の効果に関する比較検討が行われた16。高張食塩水使用例では咳嗽、鼻粘膜分泌液および後鼻漏の著明な減少、また等張食塩水使用例では鼻粘膜分泌液の大幅な減少がそれぞれ報告された。鼻腔洗浄は、鼻腔内を清浄化して鼻内の痂皮を除去するのにも有効であった。また、この方法が簡便かつ低コストで行えること、患者の忍容性が良好であることについても本試験を行った研究者によって報告されている。

アレルギー性鼻炎

通年性アレルギー性鼻炎は抗ヒスタミン薬で治療するのが普通であるが、重症例ではコルチコステロイドが適用される。鼻腔洗浄は、粘液や刺激物質を洗い流して鼻腔内の気流をスムーズにすることから、こうした症例における補助療法として推奨されてきた(23)。通年性鼻炎例30例を対象とした臨床比較対照試験では、鼻腔内加温療法の効果と生理食塩水を用いた鼻腔洗浄の効果が比較検討されている。改良型Water Pik®で鼻腔を洗浄した症例では、ベースライン値を基準とした鼻内ヒスタミン量が処置直後(P < 0.001)、処置から2時間後、4時間後、6時間後(P < 0.05)のいずれの時点でも減少していた。


再水和に起因する浮腫

鼻腔洗浄例では、鼻内ロイコトリエンC4(炎症メディエーター)の濃度も処置から2時間後、4時間後、6時間後の全時点で大幅に低下していた(P < 0.05)。これに対し、鼻腔内加温療法例ではロイコトリエンC4濃度の低下は認められなかった。鼻腔内加温療法例ではヒスタミン濃度の低下は認められたものの、その効果は処置の6時間後までは持続しなかった。本試験の担当医師は、鼻腔洗浄が炎症メディエーターの産生に対する長期的作用を示すこと、したがってアレルギー性鼻炎の治療に有効であることを結論づけている(10)。

鼻炎と感冒

鼻炎や感冒の症状を緩和させる際には一連の投薬を行うのが通例であるが、疾患経過を是正するための方法は明らかにされていない(14)。また、こうした症例が鼻腔洗浄の適応になるかどうかについては、今なお研究が少なく定説が確立していない。感冒または副鼻腔感染症のいずれかを有する143例を対象とした無作為比較対照試験では、高張食塩水の鼻腔内噴霧、等張食塩水の鼻腔内噴霧、経過観察のみの3群で比較検討が行われている。その報告によれば、症状評価スコアについては3群間で何ら差異はなかったという。但し、「高張食塩水使用例は等張食塩水使用例に比べて鼻腔内に刺激を感じる傾向が高い」(高張食塩水使用例32%、等張食塩水使用例13%、P = 0.05)との報告はあった(14)。

鼻腔洗浄が適用可能な他の部位についても研究が進められてきている。(Tomooka et al 8)らは、この方法が加齢性鼻炎、アレルギー性鼻炎、鼻中隔穿孔といった症例や副鼻腔炎とHIV感染症の合併症例の治療に有用であることを認めた。(Nuutinen et al 25)らの報告によれば、この方法は萎縮性鼻炎、乾燥性鼻炎、鼻ポリープ症の症例でも効果を示したという(25)。嚢胞性線維症患者を対象としたルーチンの診療では、鼻腔粘膜の機能を回復させて正常化を図る手段として、平衡塩類溶液を用いた鼻腔洗浄が勧められている(2)。

結論

鼻腔洗浄の適応は多岐にわたり、その範囲は多くの大規模臨床試験の結果に基づきさらに拡大しつつある。この方法が副鼻腔の不快感や疾患症状を緩和するための補助療法として効果を示し、かつ低コストで行えることについては臨床的観点から証拠が得られている。これまでに重大な有害作用は報告されておらず、成人、小児のどちらでも安全に適用できる方法である。臨床試験では、鼻腔洗浄を実践すれば他の治療法に頼る必要がほとんどなくなること、また受診回数も少なくて済むようになることが明らかにされている。この2つのメリットにより、患者側、医療提供者側のどちらにとっても経済面で好影響がもたらされるであろう。

References


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